身体がなんかモコモコする〜愚者の賢者はレベル40を超えました〜
最近思うのは身体がなんかモコモコするということだ。
今世紀最大のモコモコ感である。
いろいろ考えたのだが,おそらく私は全体的にモコモコする素材で作られた着ぐるみを知らぬ間に着せられているのではないだろうか。
そうだとすると,この尋常ではないモコモコ感にも一応の説明がつくのである。
なるほど,きっと私の首の後ろのあたりをまさぐればチャックがついており,そのチャックをゾワワーッと一気に腰まで下ろしたならば,中からスリムバディの私本来の身体がにゅるりんと飛び出すに違いあるまい。
しかし,私は,決して首の後ろのあたりにあるであろうチャックを確かめようとはしないのだ。
なぜなら知ってはいけない真実が明らかになってしまうかもしれないと恐れているからだ。
が,そうは言ってもいつまでも目をそらしてばかりではいけないこともわかっているため,勇気を出して確かめてみることにした。
大丈夫!万が一チャックが無かったとしても,そのときはドラクエXの世界に飛び込めばいい。
「人は誰かになれる」とキャッチコピーにもあったではないか(ドラクエ7だけど)。
万が一のときは,前向きに,私ではない誰かになればいいさ!
3,2,1で首の後ろを確かめるよー!
3…
2…
1…
そぉ〜い!!
……………。
よし!
ドラクエXをやろう!!
☆この胸の高鳴りはシャバランディ∵夜明けに訪れたタマランディ★
先日久しぶりに布団をバサーっとめくられる感覚と共に目が覚めました(※約2年前の布団めくられ話はこちら)。
うわー,また,あれか。あのときと同じような,あれかー!
と一瞬驚きおののいたのですが,前回のめくられ時のような金縛りや半透明の人型が姿を現すことはなく,そのかわり,布団めくられ感によって目覚めたのとほぼ同時に,ベッドが小さく揺れているのを感じ,その揺れは徐々に身体を大きく揺さぶるほどに激しくなっていったのです。
と,ベッドの中で小さく丸まって,揺れが収まるのをしばし待っていたのですが,私の心の中には,地震の恐怖と同時にどこかほっとする気持ちが湧き起こっていたのでした。
というのも,地震がなかったとしたら,私は布団をめくられた感覚で目が覚めたという事実が残ることになり,もしかすると寝ている間に自分の身体に何かしらのなにかがあったのではないだろうか,という可能性がわずかながらも残ってしまうからです。
一方,地震があることによって,布団をめくられた感覚で目覚めたのではなく,地震の揺れを感知して目覚めた可能性が大きくなり,布団めくられ感は気のせいだったのだろうという自らへの言い訳の道が残されているため,ほっとする気持ちになったのです。
さて,その地震は体感1,2分ほど揺れ続けた後にようやくおさまり,私は,
ああよかったよかった,地震だったかー。地震を感じたために,変な感覚で目覚めてしまったのだなー,それなら納得ですなー
と自分に言い聞かせ,安心して,すぐに深い眠りについたのでした。
そして,再び目覚まし時計のアラーム音で目が覚め,仕事に行き,仕事を終えて帰ってきて,深夜にふと
あー,そういえば今朝の地震はかなり大きかったけど,震源地はどこで,震度はどのくらいだったのかなー
となんとなく気になったので,気象庁のホームページで地震情報を調べたところ,その日の明け方に大きい地震が起きたという情報は一切見当たらなかったので,あれあれーと思いつつも
いやいやー,震度3,4はあったと思ったけど,実際のところは震度1か2だったのかなー
と思い直し,くまなく,じっくりと時間をかけてホームページを探しても,その日の明け方に大きい地震どころが小さい地震があったことを知らせる情報も一切見当たらなかったため,私は
えー,なにこれー,やな感じー
と思い,しばし震えたのだった。
週刊キモパンマンの憂鬱
先日コンビニに行ったときの話なのですが,レジで会計を済ませて店を出ようとしたタイミングで,店員さんに
「いつもありがとうございま〜す」
と声をかけられたのですよ。
通常であれば,「どうもありがとうございましたー」であるはずのタイミングで「いつもありがとうございま〜す」とはコンビニにあるまじき声掛けではありませんか。
馴染みのラーメン屋や焼き鳥屋で「毎度どーもー」的なあいさつをされたことは何度かあるものの,コンビニで親しげなあいさつをされたのは初めてだったため,私はひどく動揺し,(これは,一体全体どういうことであろうか)と自分のコンビニにまつわる行動を振り返ってみました。
すると心当たりのあることが幾つか見つかったのでした。
私が普段訪れるコンビニは,職場からアパートまでの通り道にあるのですが,翌日の朝食用のパンを買うため,そして,少年ジャンプとヤングマガジンとスピリッツと少年マガジンと少年サンデーとモーニングとヤングジャンプを立ち読みするため,私は週に4回以上は同じコンビニに訪れていました。
私は,コンビニを訪れると,手始めに最低20分以上は上記の週刊誌を熟読し,その後,お気に入りの菓子パンを一つ手に取り,レジに行って会計をし,店員が菓子パン一つをビニール袋に入れようとするのを,「あ,そのままでいいです」とさえぎって,菓子パン片手にコンビニをあとにする,という生活を9か月ほど続けていたのです。
なるほど,確かに,毎回同じような行動をとる会社帰りの男がいたら,コンビニ店員の記憶にも残るのかもしれないなあ,と納得したと同時に,私は,オードリーの若林さんの「赤シャツエビソード」を鮮烈に思い出したのです。
それは,アメトーークで話していたエビソードだと思うのですが,簡単に説明すると,若林さんが不動産屋に何度も訪れていた時期のエピソードで,あるとき,その不動産屋に電話をすると,受話器越しに「赤シャツからお電話でーす」という電話の取り次ぎの声が聞こえてきて,若林さんが不動産屋の中で赤シャツ(当時不動産屋を訪れる際は,いつも赤シャツを着ていたそうです)と呼ばれていたことを知ったという話です。
と,いうことは,ですよ,毎回決まったパターンで,コンビニ内で行動している私は,コンビニ店員の間であだ名で呼ばれている可能性があるのではないですか。
思い返すと,立ち読みの際に,「くっくっくっ」と笑いを堪えつつ読み進めていたことは数知れず,パンを選ぶ際に真剣なまなざしでパンコーナーを長時間うろうろしていたことは数知れず,あだ名つけポイントはふんだんにあったはずなので,どうせろくなあだ名じゃないですよ。
たとえば,私の行動全部ひっくるめて,週刊キモパンマンとか妙ちくりんなあだ名で呼ばれていた可能性は高いですよ。
ということは,一番最初に書いた「いつもありがとうございま〜す」のくだりの際にも,
店員A:(ほら…例のw)
店員B:(きたきた,週刊キモパンだよw)
店員A:「いつもありがとうございま〜す」
店員B:(くすくす,ぷすぷふーww)
というやりとりがあったかもしれないということですよ,うきゃー。
そんなことを想像してからというものの,一つのコンビニに行くことはせずに,少々遠回りになったとしても,私の顔が割れないように,複数のコンビニを利用するようになったのでした。
おめでとうハマカーン!!
いやー,まさかTHE MANZAIでハマカーンが優勝する姿を見る日がこんなに早く来るとは思ってもみなかったです。
これまでは「下衆の極み」のインパクトが強く浜谷さんのキャラばかりが目立っていて,それでも十分面白かったのですが,今回のネタでは,去年と比べて神田さんのキャラの色が出た良ネタで,ネタの構成やボケとツッコミの関係性を大幅に変えてきた予想を超える面白さに,なかなかの衝撃を受けました。
1本目のAグループの戦いでは,どのコンビが決勝に行ってもおかしくないなあと思いつつも,大幅な変化(進化)をしたハマカーンの勇気,というか攻める姿勢に気持ち良く笑えたので,「ハマカーン行けーっ!」とずっと思っていました。
僅差で決勝進出を決めたときは思わず「よしっ!!」と声が出てしまいましたよ。
2本目のネタも面白さは変わらず,「クソ商品掴まされた」の崩れ落ちる動きやデトックスのくだりでちょっと移動する動きなど浜谷さんの動きで笑わせたり,クリケットやリップクリームのくだりのやりとりで笑わせたりと印象深い笑いが多かったです。
加えて「怒りのあまりの口パクパク」,「地獄の鬼すら反吐吐く所業」,雑な「下衆の極み」の放り込みなど,これまでに培ってきた武器を随所に応用させており。盛りだくさんのハマカーンで,お得感がありましたねえ。
ちなみに決勝に進んだほかのコンビのネタについてですが,
千鳥の2本目のネタは,今年の10月4日に放送された『芸人ベストパフォーマンス』でやった8分のネタを4分に縮めたものでした。
ベストパフォーマンスの時は,無駄を感じさせる部分(哲太のくだりなど)なんかもあり,8分だとちょっと長すぎるんじゃないかなあと思って見ていたのですが,今回4分バージョンを見ると4分だと短いのかなあと,逆に思ってしまうという不思議。
特に後半は駆け足で進めているような印象を受けました。
それとこのネタは大爆笑させるようなネタではなく,なんだこりゃっていう展開の面白みを楽しむようなネタ(?)なので(うまく表現できないのですが),優勝を狙いにくいネタのような気もしました。
でも千鳥の魅力は伝わりやすいネタだったようにも思いました。
アルコ&ピースのネタは,1本目は予期せぬ発想と展開で面白いなあと思う一方で,仕掛けが,なんというか,テクニカルすぎるのと,これは漫才と言えるのかどうか,という点がちょっとだけ引っかかったのですが,しっかりと審査員に評価されていましたねえ。
2本目は1本目と同じようなタイプのネタだったのですが,こういう発想勝負のネタだと,1本目でネタのからくりが知られてしまっているので,1本目の笑いを超えるのはなかなか難しいのだろうなあと見ていて思いました。
そういえば,今年の9月初めに行われたRABまつりのお笑いステージを見に行った際にハマカーンが出場しているのを見て,もっとハマカーンをテレビで見る機会が増えるといいのになあと思ったりもしたのですが,今回の優勝で露出が増えると思うので,どんどん活躍していくといいですなあ。
それと去年神田さんが話していた「僕らの番組に(姉の)神田うのを呼んであげる」というのが実現する日も近いんじゃないかと思うので,楽しみです。
ちぢれっ毛よ,永久に…
浴室の天井にちぢれっ毛が張り付いていることに気付いたのは,今年の4月に引っ越してきて約1か月経過したころでした。
そのちぢれっ毛は長すぎず,短すぎず,太すぎず,細すぎず,どの部位の毛だとしても不思議ではない様相のありふれたちぢれっ毛でした。
はじめは「なぜ天井に!?」と思ったものの,今にも天井から落ちてきそうな頼りなげな佇まいだったため,それ以上深く考えず,あえて手を伸ばして引っぺがすことはせずに,時間と重力に任せよう,人為的な手を加えるのは止め,あるがままの状態にしておこうと思い,放置することにしました。
それから月日が流れて約半年,11月10日現在,未だにちぢれっ毛は頼りなげな佇まいのまま浴室の天井にしぶとく張り付いています。
流石にここまで張り付き続けるとは思っていなかったため,そろそろこのちぢれっ毛と真剣に向き合うべき時が来たのだろうと思い,このブログで取り上げることにしました。
- なぜ,天井にちぢれっ毛が張り付いているのだろうか!?
まずは,根本的な疑問から検証する必要がありますが,風呂やシャワーを使っている最中に,自然にちぢれっ毛が天井に張り付く現象は聞いたことがありません。
だとすると,私が浴室にいない間に,何らかの力が作用して,浴室の床に落ちていたちぢれっ毛が天井に張り付いたと考えるべきなのでしょうが,何らかの力とは一体何なのかが問題になってきます。
突如浴室に突風が吹き荒れ舞い上がったちぢれっ毛が天井に…?
いや,流石に浴室に突風が吹き荒れることはないので,この可能性は低そうです。
突如浴室が無重力状態になり,舞い上がったちぢれっ毛が天井に…?
いや流石に浴室が無重力状態になることはないので,この可能性は低そうです。
まてよ…私は何か重大なことを見落としているのではないですか。
見た目の佇まいから,ちぢれっ毛らしき物体を「ちぢれっ毛」と認識していましたが,果たしてこれは本当にちぢれっ毛と断言して良いのでしょうか。
そもそも,ちぢれっ毛らしき物体がちぢれっ毛に間違いないかどうかを検証する必要があるのではないでしょうか。
- このちぢれっ毛らしき物体はちぢれっ毛に間違いないのだろうか!?
ちぢれっ毛型盗聴器が天井に…?
科学の進歩が作り出した最新のちぢれっ毛型盗聴器を我が家の浴室に何者かが設置したというのはどうでしょう。
しかし,浴室に設置しても,お湯の流れる音と私の歌声しか盗聴できず,あまりメリットはないと思われるので,この可能性は低そうです。
ちぢれっ毛型UFOが天井に…?
ちぢれっ毛星からやってきたちぢれっ毛星人がちぢれっ毛型UFOに乗り込んで地球人のちぢれっ毛を観察に来たというのはどうでしょう。
しかし,浴室の天井から観察した場合,見えづらい箇所のちぢれっ毛が多数あるため,この可能性は低そうです。
ちぢれっ毛型お札が天井に…?
この文章を書いている最中に気付いたのですが,このちぢれっ毛らしき物体は,いつから天井に張り付いていたのか,という疑問が湧いてきました。
私が存在に気付いたのは今年の5月前後ですが,もしかすると,私の入居以前から張り付いていたという可能性はないでしょうか(浴室ではメガネを外しているため,ちぢれっ毛を見過ごしていた可能性があるのです。)。
たとえば,私の住んでいる建物は2年前くらいに完成したそうなのですが,完成直後に近くを通りかかった呪術師が,
「何ということじゃ,この土地は呪われておる。このままでは,いずれ入居者に厄災が降りかかるであろう。しかし,こんなときに便利なのが,これ,ちぢれっ毛型お札。このちぢれっ毛は,私の身体のどこかしらのちぢれっ毛を抜き取って,私の特殊な超魔除けパワーを注入しているのです。これを水気のあるところに張り付ければ,たちまち金運,健康運,恋愛運,仕事運が急上昇。今ならもう一本お付けして,セットで2万円,2万円でお買い求めいただけます。」
と言葉巧みに入居者に購入させた胡散臭くもありがたいご利益のあるちぢれっ毛型お札が,その後に入居した私に引き継がれているというのはどうでしょう。
ううむ,消去法で考えると,このままでは,ちぢれっ毛型お札説が有力な説になってしまうのですが,そうすると今度はちぢれっ毛が剥がれ落ちないかどうかを気にして日々過ごさなくてはならないのでそれはそれで困ってしまいます。
なぜならちぢれっ毛が剥がれ落ちると,入居者に厄災が降りかかるのだから。
さあ大変です。
このままでは,常にちぢれっ毛の動向を探る日々の中,心身ともに疲れ切った私は,風邪をこじらせて寝込んだ際に「ああ,あのちぢれっ毛が落ちてしまったら自分は死んでしまうのね」と最後の一葉的なネガティブな気持ちになってしまうに違いありません。
厄災を防ぐためのちぢれっ毛型お札に苦しめられるとはなんという皮肉な展開でしょう。こんな理不尽なことがまかり通って良いのでしょうか。
慌てふためいた私は,呪術師を探しても行方が分からないため,仕方なく退去するまでの3年間,雨の日も風の日も雪の日も必死の思いでちぢれっ毛を見守り続け,私の次に入居予定の方にちぢれっ毛型お札を無事引き継ぐことになるのです。
それからというもの,ちぢれっ毛型お札は,次の次の入居者,さらに次の入居者と代々引き継がれ数十年浴室に張り付き続けたころには,その地域住民の間で地域の災厄を防ぐ守り神として崇められ,お参りに来る人が後を絶たないのだそうな。
とっぴんぱらりのぷぅ。
荒息袋(あらいきぶくろ)進化論〜この記事はおおむねフィクションです〜
先日,出張先に向かうため,バスに乗る機会があったのですが,バスの中でぼけーっと窓の外を眺めていると,とあるバス停で女子高生の集団がドタドタと乗り込んできました。
女子高生集団は,バスに乗るために猛ダッシュをしてきたらしく,席に座った後も,1分近く「ぜはーっ,ぜはーっ,ぜはーっ」と息を切らしておりました。
しかも,私の席の二つ後ろのあたりに集団が座ったため,荒ぶる息だけがえんえんと背後から聞こえてきたため,はじめは「まったくもう,いつまでもうるさいなあ」と思っていたのですが,1分近く聞いていると,「なるほど,これはあり得る!」という思いに至ったのです。
どういうことかと言いますと,昔のおもちゃで笑い袋というのがあったじゃないですか(今でもあるのでしょうか?)。布袋の中に入った機械のスイッチを押すと,ただただ笑い声がいつまでも響き渡るというシンプルなおもちゃ,笑い袋です。
それの類似品で,「ぜはーっ,ぜはーっ」と,ただただ荒ぶる息を録音した機械を「荒息袋」として売り出せば,荒息マニアは歓喜するのではないでしょうか。
しかし,荒息袋を売り出してしばらくすれば,「荒ぶる息など,品がありません。大人のたしなみとしては,柔らかで穏やかな品のある息にこそ価値を見出すべきではありませんか」という吐息マニアの主張が高まり,荒息袋の類似品として「吐息袋」が発売されるのでしょう。
しかし,吐息袋を売り出してしばらくすれば,「マニアに向けてのみ販売するのではなく,もっと広い層をターゲットにした商品を作るべきではありませんか」という,開発者側の主張が高まり,荒息と吐息の良いとこ取りをした抑揚のある「あえぎ袋」が発売されるのでしょう。
しかし,あえぎ袋を売り出してしばらくすれば,「あえぎに至る過程やあえぎ進行中の状況など,あえぎの裏側に潜む真実を映像と音声で知覚できるようにすべきではありませんか」という知的探究心に満ちた顧客の要望が高まり,あえぎの一部始終の映像をDVDやBDに収めた「あえぎ袋可視化ディスク」が発売されるのでしょう。
しかし,あえぎ袋可視化ディスクを売り出してしばらくすれば,「あえぎ袋可視化ディスクに収められたあえぎを体験できるようにすべきではありませんか」という実体験重視軍団の主張が高まり「店舗型あえぎ袋疑似体験サービス」が提供されるようになるのでしょう。
しかし,店舗型あえぎ袋疑似体験サービスを提供してしばらくすれば,「派遣型あえぎ袋疑似体験サービス」が(以下略)
このように荒息袋から派生して,現在の日本の性風俗産業が発展していったそうじゃ。
とっぴんぱらりのぷぅ。