佐川急便のお兄さんの生霊あるいは湯川潮音の生霊が家にやってきたにちがいない,と思うしかない。

ある夏の日の朝の出来事でした。
“ピンポーン”
という玄関のチャイムの音で起こされた私は,のっそりとベッドから起きあがり,一体誰が来たのだろうと,部屋のドアホン(玄関先にいる人の顔が見えるインターホン)をのぞき込んだのですが,そこにはすでにチャイムを押した人の姿はありませんでした。
ゆっくり起きあがったから待ちくたびれていなくなってしまったのかなあ・・・?
と思いつつベッドの中に入りかけたところで,再度
“ピンポーン”
という音。
なんだいなんだい,いないと思わせたのはフェイントか!?
と,とまどいながらドアホンをのぞいたのですが,やはり誰も映っていませんでした。
ベッドからドアホンまでの距離は,5メートルもないので,二度目のチャイムが鳴ってから2,3秒以内にドアホンの画面を確認したはずなのですが,すでに姿がないのです。
念のため「はぁ〜い」と玄関付近にいるであろう人に呼びかけたものの,何の反応もなかったので,若干気になった私は,廊下をててててっと駆け抜け,玄関のドアを開けて左右を確認したのですが,誰もいません。
部屋に戻りながら時計を見ると午前6時30分でした。
これほどの早朝に我が家を訪れる奇特な人に心当たりはなかったため,気味が悪かったのですが,寝起きで寝ぼけていたせいか,
(考えてもわからないものはわからないのだし,よーし,とりあえず寝よう!)
と思い,勢いよくベッドに入って眠りました。


その日,三度目のチャイムが鳴ったのはそれから1時間後のことでした。
“ピンポーン”
という音で眠りを妨げられた私は,またかいな!と思いつつ飛び起きてドアホンを確認したのですが,すでに押し主の姿はありませんでした。
絶対さきほどの人物に違いないだろう,という確信に近い思いを抱いた私は,
(ふふふん,おたく,どうせ数秒後にチャイムを鳴らすんでしょ!今度は見逃しませんぜっ!!)
と思い,じっと息を殺してドアホンの前で待機すること数秒。
案の定,
“ピンポーン”
とチャイムが鳴ったので,
(ぬはははは,かかったな!さあその顔を拝ませてもらおうではないかっ!!)
と食い入るように画面をのぞき込んだ,のですが,なぜだか,そこには人の姿は見あたりません。


…?・?・?・?


体がフリーズしたまま,わけがわからず画面を見つめている私をあざ笑うかのように,さらに続く
“ピンポーン”
という音。
もちろん画面には誰もいません。
これは一体全体どういうことなのでしょう。
私は,困惑した頭で現在の状況を次のように整理してみました。


このチャイムの主は…
1 カメラに写らないようにマジックハンド的な道具を使い,カメラの死角からチャイムを押した。
2 もの凄いスピードで玄関前を駆け抜けながらチャイムを押したので,カメラが人物の映像を捉えられなかった。
3 そもそもカメラに写らない体質の,なんらかの存在がチャイムを鳴らした。


・・・怖ええ!!どれもこええ!!!
一見,3番が一番怖そうと思いきや,だがしかし仮に1か2だとしても,目的がわからないだけにこれはこれで〜!! 
この人,また,来るよ!
きっと1時間後きっかりに来るに違いないよー,ひええーお助け〜!


パニックに陥った私が取った行動は,ドアホンの電源を切って,勢いよくベッドに潜りこんで,楽しいことを考えつつ眠ろう,というシンプルなものでした。
そこで,
湯川潮音さんが,生霊となって『ツバメの唄』を歌いながら,全国を回ってスーパーピンポンダッシュ行脚をしているのだ」
という設定に基づいて,先ほどの怪現象を解明しようとしたところ,徐々に落ち着いてきて,そのまま眠りにつくことができました(意味のわからない人はツバメの唄のPVを見ておくのです。)


ひとしきり眠って午前11時近くに目を覚ました私は,そろそろドアホンのスイッチを入れても大丈夫だろうと思い,スイッチを入れたのですが,その数秒後
“ピンポーン”
と聞き慣れた音・・・


なんたること!なんたることぉー!!
勘弁!かーんべぇーん!!
ぬはぁー!


と最大限に動揺しつつ,ドアホンを見ると,そこには見慣れた宅配業者の姿がありました。


…やったぁー!人の姿が,人の姿が見えるよーい,
おはよう,ひと。ありがとう,ひと。
ばんじゃーい,ばんじゃーい!!


足取り軽く玄関に出て荷物を受け取ると,どうやら二日前にアマゾンで注文した外付けハードディスクが届いたのだということがわかりました。

あ,もしかしたら,今の宅配業者の方が,
「早くヒゲ山さんちに荷物を届けなければ」
と強く思って車を運転していたせいで,ドライバーの強烈な思念だけが身体を抜けて,先走って私の家のチャイムを鳴らしてしまったのかもしれないですよねぇー,
という結論に達して,この件は解決しました。


まあ,絶対そんなわけないけど,そう思うしかないじゃあありませんか。ぬはぬは。


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紫陽花の庭

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