はえよ,さらば〈前編〉

異臭がした。
嫌な予感がした。
においの元が玄関に2週間前から放置されているゴミ袋だということはすぐにわかった。
ついつい捨てそびれてそのままにしていたものだ。
生ゴミは少ないし大丈夫だろうと甘くみていたのがこのときになって悔やまれる。
その上袋の口が開いたままだったので,中から2匹のハエがぷわ〜んと
飛び出してくるではないか。
袋の中を凝視すると小さなかたまりがうごめいている。その数30は下らない。



ぎょへ〜!!!とおぞましいものを感じた私は,瞬時に袋の口を縛って,さらにそれを
もう一枚のゴミ袋に突っ込んできつく縛った。その際も2,3匹の赤茶色の粒,
つまりは生まれたてのハエが逃げ出していったのだが,それでも残りの30弱の
ハエをなんとか逃すことなく袋の中に閉じこめることに成功した。
生まれて間もないというのに,二重の袋に包まれた閉鎖的な世界に封鎖されてしまった
ハエたちの数奇な運命を思うと心苦しいものがあったが,なにはともあれ私の平穏な
生活はこれで守られたのだ。
わけもわからずにぶんぶんとゴミ袋の中で暴れ回っている多くのハエをじっと
見下ろしていると
「はっはっは!見ろ,ハエがゴミのようだ!というか,もはやゴミだ!」
と思ったり思わなかったりもしたが,少し冷静に考えるとユダヤ人をガス室
閉じこめたような気分になったりならなかったりもして,やはり心苦しいものも
感じた。
そのため,心の中で
「なむなむ。安らかにお眠りください。アーメン。」
と唱えておいた。


これですべては解決した,と思えた。
しかし,これはその後に巻き起こる感動秘話のほんのプロローグにすぎなかったのだった。
(続く)