サービスの多いラーメン店

1ヶ月に5回は訪れるラーメン屋があります。
そこで、私はいつも同じようにギョーザ定食を頼んでいます。
味はまあまあうまいかなあ、というぐらい。


ところで最近、とある理由からこの店に行くのをためらいがちになってきたのですが、
それを述べる前に
私がそれまで頻繁にこの店に訪れていた4つの理由について、まずはお話しておきましょう。



①安くて量が多い
これは一人暮らしの男にとっては非常にありがたいことです。
ギョーザが8個とごはんと味噌汁、漬物がついて630円。
ただ、この料理の内容が最近進化を遂げていまいまして、話が長くなるのでこの点については後述します。


②家から近い
徒歩2分です。思いついたらすぐに行くことができます。


③店がいつも空いている
飲食店に入って一番腹が立つケースというのは、店が込んでいて料理が出てくるまでに時間がかかったり、
無理やり相席にさせられてしまうことです。
その点、この店は町外れにあるせいか、いつも客がおらず私の貸しきり状態というのがほとんどです。
こんなんで大丈夫なのか?と心配してしまうほどです。


④店がいつもきれい
客が来ないものだから、暇な時間はいつも店の中を掃除しているようで、チリ一つなくピカピカです。
あまり清潔すぎても「こんなに客がこないんじゃあそのうちつぶれるのでは」
という不安感が高まってしまうのですが。



さて、こんなにもいい店なのに、なぜ最近行きにくくなってしまったかというと、
理由はその店のサービスにあります。


最初に異変に気づいたのはギョーザ定食の注文が3回目に達したときでした。
味噌汁の中にそれまでは入っていなかった油揚げが入っていたのです。
ただそのときは「ああ、油揚げが冷蔵庫に余っていたのかな」という程度に思っていました。


次に異変に気づいたのはギョーザ定食の注文が5回目に達したときでした。
ギョーザの数が1個増えており、いつもは8個なのにその時は、いや正確に言うと、
「その時から」9個になったのです。
ただその時は「ああ、間違えて1個多く焼いちゃったからサービスしてくれたのかな」という程度に
思っていました。


次に異変に気づいたのはギョーザ定食の注文が8回目に達したときでした。
それまでは申し訳なさそうに3枚ほど出されていた漬物の数が、突然2倍になっていたのです。
ただ、この時は「ああ、漬物が余っていたからサービスしてくれたのかな」
という程度に思っていました。
それよりも私はギョーザの数が依然として9個のままだったことが気になりました。
私は「なんて、おっちょこちょいなラーメン屋さんなんだろう」という程度に思いました。


次に異変に気づいたのはギョーザ定食の注文が12回目に達したときでした。
ごはんの量が異常に多くなっていたのです。はんだやのごはん・中ぐらいありました。
「こんなに食えねえよ!」と見た瞬間に思ったぐらい多かったのです。残さず食いましたが。
「そういえば店に行くたびにご飯の量が多くなっているなあ」という程度にはそれまでも
思っていたのですが、今回の米粒の以上な盛り上がり方、そしてあれ以来ずっとそのままの
ギョーザや漬物の増大具合、さらに最近では、こころなしか味噌汁に入っているねぎの量が
3倍ぐらいになっているという事実。これらのことを振り返り、さすがの私もそのとき「はっ!」
と気づいてしましました。
「この店ずいぶんサービス良くなったなあ、すごいなあ、がんばっているなあ」と。



そのときです。珍しく後から店に客が入ってきてギョーザ定食を注文したじゃありませんか。
私は近くに座ったその客にギョーザ定食が出されるとき、なんとなく気になって、ちらっと見たのですが
思わず「あっ!」と声に出してしまいそうになりましたよ。


なんと、その客に出されたごはんの量は以前の普通盛りのままだったのです。まさか…と思いさりげなく
(多分不自然だったのだろうけど)定食を観察してみると、ごはんどころか、漬物やギョーザの数も
以前のままで、味噌汁には油揚げが入っておらず少量のねぎが入っているのみだったのです。


私はこの時すべてを知ってしまいました。
どうやら最近のこの店のサービスの良さは、すべての客に対してではなく、週に1回以上は通っている
この店のお得意様こと、私ヒゲ山対して、ピンポイントでサービスしてくれていたようだということを。
ああ。私はなんでこんな簡単なことに気づかなかったのでしょう。
まるで「注文の多い料理店」を訪れた2人の若い紳士のようなお気楽さ、にぶさでははないですか。



確かにこの店にはいつもほとんど客がいないため、頻繁に通う私は店の救世主、
悪く言えばいい金づるなのかもしれません。
そう考えてしまうと、お金を払うときに見せるラーメン屋のおかみさんの笑顔や店を出る際の
ラーメン屋夫婦の「ありがとうございました!ありがとうございました!」
(二人ともそれぞれ2回「ありがとう」といって見送ってくれるのです)
という声にも特別な意味が含まれているのかなあと思ってしまいます。


そういえば思い返してみれば、たまにギョーザではなくラーメンが食べたくなって、ラーメンを注文すると
おかみさんに、あれっ?という顔をされ「え?」と注文を聞き返されることが何度かあったのですが、
あれは「あらぁ、今日はギョーザ定食じゃないの?あなたにはいつもお世話になっているから、
一杯サービスしてあげるのにぃ」という特別な意味が隠されていたに違いありません。




さてさて、この店のサービスはとどまるところを知りません。
今日久しぶりにこの店を訪れたら新たなサービスが始まっていたのです。
私ははじめそのことに気づかず、いつもどおりレジでお金を払って店を出ようとしたのですが、
おかみさんに突然呼び止められて「あのっ、あめ玉いかがですかっ」
と声をかけられたのです。


なるほど、よく見るとレジのすぐ横にかごに入った色とりどりのアメが置いてあるではありませんか。
私はアメをもらおうかどうかしばしの間悩みました。
なぜならば


(もしかすると、このラーメン屋のご夫婦には、昔かわいがっていた一人息子がいたけれど、
その子供は交通事故で幼くして命を失ってしまったのではないか。そして、その子供が生きていたら私と
同じぐらいの年齢のためご夫婦は私を自分たちの息子と重ね合わせて接しているのではないか。
むむっ!?まさか「ヒゲ山ラーメン屋養子化計画」がすでに始まっていたのかっっっ!)


というようなことを考えたからです。(この間0.5秒)
私の妄想はまだまだ続きます。
「こ、このあめ玉を受け取ってしまったら、もしや、養子に入ることを承諾してしまうことになるのではないか。
ぐ、ぐむぅ…。」


結局、私はあめ玉を受け取ってしまいました。
あめ玉の魅力には勝てなかったのです。
ヒゲ山ラーメン屋養子化計画はまもなくフィナーレを迎える。
のでしょうか。